父の母、つまり僕の祖母が亡くなった。
95歳だから、大往生と言ってよいと思う。
それでこの3日間、仕事を忌引きで休んで父方の本家のある福島へ行っていた。
初日の朝、家を出てクルマをとばしたんだけど、着いたときには婆ちゃんは火葬中だった。
最後に顔を見ることが出来なかった。
僕らの結婚式に来てくれた婆ちゃん、それが最後の姿となってしまった。
まだ、ひ孫の姿も見せていない。
妻とだってゆっくり会ってはいない。
僕らが子供の頃、あんなに遊んでもらった事にお礼も言っていない。
小学生のころ、遊びに行った夏休み、朝から晩まで婆ちゃんにくっついて遊んでいた。
一緒に自転車に乗って、あちこち連れて行ってもらった。
その記憶が車中でよみがえる。
数年ぶりの本家への道。
でも、僕は迷う気がしなかった。
婆ちゃんと自転車で走り回った道は、今も何も変っていない。
「子どもが大好きで、優しい」
その言葉を、そのまま人にして姿を現したような人だった。
たくさんいる孫達や、ひ孫達はみんな婆ちゃんが大好きだった。
婆ちゃんは僕が到着してすぐ、白くて細かいたくさんのカケラになって出てきた。
しんみりした葬儀ではなかったし、僕もそんなに悲しかったわけじゃない。
「お疲れ様」と言う気持ちの方が大きかった。
でも、その白くて小さなカケラたちを見たら、色んな思いが溢れてきて、涙が止まらなくなった。
小さなひ孫達もいる中、恥ずかしい話だけども、僕の両目からはボロボロと雫が落ちてきた。
会いに来なくてごめんな、婆ちゃん。
そしていっぱい、ありがとう。
僕も、婆ちゃんみたいに子ども達を幸せに出来る人間にいつかなるよ。
昨日、遅番だったので午後から出勤すると、店ではやはりWBC決勝戦の話題で持ちきりだった。
1時間や2時間じゃ語りつくせない素晴らしい試合だった。
仕事前の休憩所は、やはり決勝打となったイチローの10回表の打席の話で盛り上がる。
その中で、うちの店で最も天然ボケなスタッフが、自信たっぷりに言い放った。
「あの最後の打席、敬遠されないためにイチローは不調だったんですね!」
おい、待て。
お前は、イチローが決勝戦の最後の打席をあらかじめ予測して、敬遠されないために自作自演でずーっと不調を演じていたと言うのか?
そんな先読み、羽生名人でもできんわ!
いや、他の人が言ったなら、それくらい凄い打席だったという表現の一つとして捉えられるんだと思うんだけど。
彼はマジで言ってると思う。
皆で、笑いながら突っ込んだ。
でもね、確かにイチローの最後の打席は神がかっていたよ。
普段野球を見ない人もイチローって名前や顔、凄いバッターって事くらいは皆知ってる。
そういう人達もたくさんこの試合を見ていたと思うんだ。
その人達に、最もわかりやすい形でイチローの何が世界最高と言われるほど凄いのかが伝わった瞬間だったでしょ。
9回裏で同点に追いつかれ、向かえた延長10回表の攻撃。
2アウト1,2塁で最後の打席に立つイチロー。
なぜか敬遠せずにイチローとの勝負にきた韓国バッテリー。
必要なのはこの裏での相手の反撃の意思を砕き折るほどの一打。
それが出れば、世界一。
この場面の結果次第で天国か地獄か分かれるほどの緊張感の中、みごとに結果を出すイチロー。
その一振りで世界一を決めた。
イチロー自信も試合後に「あの打席は神が降りてきた」と冗談で話していたが、スポーツには最高の選手に最高の場面が回ってくると言う事がしばしばある。
神様が見えない力で試合を演出するように。
めったに起こらないんだけど、そんな場面に出会うとスポーツ観戦ってやめられなくなる。
その中でもあの打席は格別だった。
イチローの一振りで日本は2点リードとなった。
世界一を確信し沸き立つ日本サイド。
この裏で追いつけなければ負けが確定となり落胆する韓国サイド。
興奮する観客席。TVの前。
あの状況で冷静でいられる人がいるだろうか。
興奮冷めやらぬまま、イチローの次の打者がバッターボックスに入る。
韓国バッテリーも気持ちを切り替えて、投球姿勢にはいる。
プレイヤーも観客も、試合に集中力を戻そうと、浮き足立った心を静めようとしていた。
そんな中、誰よりも早く冷静に戻り、皆が冷静に戻る事に意識を集中してしまっている状況の中だからこそ、有効な戦術を実行に移そうとしている選手がいた。
韓国のピッチャーが投球に入った瞬間、イチローは3塁に向かって走った。
あっさり盗塁成功。
というか、みな唖然とした。
気が付いたら、イチローはもう3塁にいたって感じ。
僕はこのとき、初めてイチローと言う人を『怖い』と感じた。
この、勝利に対するこだわり。
あのムードの中、「まだ試合は終っていない」という感覚で動いていた。
自分の1打でへし折った韓国チームの心に、あわよくば追い討ちをかけようと言うのだ。
普段のイチローのプレイを考えれば、あの盗塁は当たり前の事だ。
しかし、その当たり前をあの場面においても坦々と実行する精神力はハンパないと思う。
なんか、とっても例えが悪いんだけども僕はあの場面を見て、ビルの上からスナイパーライフルを構えて鼻歌交じりに要人を打ち抜くプロの殺し屋の姿を想像してしまった。
僕の個人的感想を言えば、むしろあの盗塁こそが韓国の反撃の心を完全に折ったと思う。
相手のチームにいたらと思うとゾッとする。
でもホント、素晴らしい試合だった。
野球ならではのジリジリ来る静かな緊張感の連続。
試合を決定付けるヒーローの一振りが、その緊張感をドカンと開放する。
それが、ものすごいハイレベルで繰り広げられた試合だったと思う。
そんなに野球を見るわけじゃないけど、今まで見た中で最高に感動した試合だった。
日本野球万歳!
「侍ジャパン」という呼び名はあまり好きじゃないけど、侍ジャパン!感動をありがとう!
おかげでしばらくは旨いビールが飲めそうだよ。
外で食事とは、外食のことではない。
文字通り、野外でメシを食うってことだ。
息子の弁当と、僕たちのパンや飲み物を準備して、近所の公園へ。
天気の良い日に外で食べるランチは、ホント何食べても美味しい。
息子と奥さんと、開放的なランチのひとときを楽しんだ。
その後、芝生の上を走り回ったり、でんぐり返りを息子に見せて喜ばしたり、公園にある遊具で遊んだりした。
ふと見ると、滑り台の横に運手がある。
鉄パイプでできたハシゴを横にして高く設置したようなアレだ。
鉄棒のようにぶら下がりながら、前の棒へ、前の棒へと、手を伸ばして進んでゆくアレだ。
「おお!運手なんて懐かしい!」
僕は軽い気持ちで運手の端にぶら下がった。
おそらく20数年ぶりの運手。
僕は体を揺らして勢いをつけ、1本前の棒を右手で掴んだ。
「あれ?」
あきらかにイメージと違う。
予想以上にキツイのだ。
運手ってこんなにきつかったっけ?
体が子供のころのイメージのように動いてくれない。
1往復して、情けない事に僕はヘトヘトになっていた。
子供のころ、運手なんて1段飛ばしでヒョイヒョイ行けてた。
いちいち体を揺らして勢いなんてつけなくても、腕力だけで「タッ、タッ、タッ」と行けてた。
体が小さくて軽かったことを差し引いても、拭いきれない事実が僕に突きつけられた。
衰えているのだ。
これはヤバイ。
これから息子が育つにあたって、僕には計画がある。
キャッチボールしたり、サッカーしたり、海で泳いだり、冬には一緒にスノーボードでも行って、そんなあらゆる場面で僕は息子に「とーちゃん凄ええ!」または、「とーちゃんカッコええ!」と思わせなければならない。
これは決して変更の許されない計画なのだ。
しかし現実は、息子が1歳の現時点において運手もままならない。
これは非常にヤバイ。
ジョギングぐらいで運動した気になってる場合じゃない。
体を鍛えよう。
本気でそう思った、34歳の春。
彼は、この巨大なそろばんのような遊具でアインシュタインの宇宙方程式を解くことに夢中だった。
朝から愛犬をトリミングに連れて行った。
いつものペットショップだ。
僕はワクワクしていた。
給料日の前と後では当然ながら財布の状況が一変する。
先月から買いたかったのに、小遣いをとっておくのを忘れていて買っていないものが僕にはあった。
前の記事でも触れたユニコーンのニューアルバムだ。
ペットショップの通り沿い、すぐ近くに音楽CDも取り扱っている古本屋がある。
古本屋と言ってもゲームや映画のDVD、古着や中古楽器、それぞれの新品も扱っている何でも屋のような店だ。
アルバムはあっさり見つかった。
入ってすぐ、ランキングコーナーの3位のところ。
ふーん、やはりというか、けっこう売れてんだ。
16年ぶりの彼らの復活に喜んでいる人達は僕の周りにもけっこういて、アルバムは売れるんじゃないかなと予想していた。
買っているのは、僕らの世代プラスマイナス数年の人達であろう。
民生がソロ活動し始めてからのファンとか、氣志團のプロデュースなんかをしていた阿部ちゃんの活動から流れてきた人達もいるかもしれない。
とにかく、僕は迷わずそのアルバムを手に取り、レジへ向かった。
車へ戻った僕は、妻と息子の事も忘れ、無心にCDのフィルムを破った。
ケースを開け、取り出したCDをカーステに突っ込む・・・ん?あ、そうか、なんかのCDが入ってる。
僕は取り出しボタンを押した。
入っていたCDがニューっと出てくる。
その途中で何かひっかかったようにCDの動きが鈍くなる。
このことを僕はもっと気にするべきだった。
ン、ン、ンーって感じでやっと出てきたCDを引き抜き、買ったばかりのCDを今度こそ放り込む。
挿入される途中でまたCDの動きが悪くなる。
ディスクの8割くらいがデッキに入ったところで止まりそうになった。
このことを僕はもっと気にするべきだった。
さらにCDを自らの手で押し込むのではなく、いったん引き抜くべきだった。
CDは認識され、1曲目『ひまわり』が車内に流れ出す。
オルガンの音から静かにはじまり、たんたんと、でも愛すべき日常が歌われる、この名曲に僕は聞き惚れた。
民生節全開。
この静かな曲が1曲目なのには、なにか意味を感じたけども、僕は考えるのをやめた。
久しぶりのユニコーンのサウンドに、ただただボーっと体を預けよう。
そう思った。
愛犬のトリミングが終るまで、僕らは近くのデパートで買い物と昼食を済ませた。
午後、ペットショップから「終りました」と連絡が入り、デパートを出て迎えに行く。
愛犬はさっぱりとショートカットになった。
ポメラニアンをショートカットにすると、柴犬とミッキーマウスを足して2で割ったような感じになる。
かなり、可愛い。
愛犬を車に乗せ、僕らは家にむかって車を走らせる。
移動ごとにCDは少しずつ進んでいった。
『WAO!』が流れ出すと、息子はチャイルドシートの上で体を揺らしてのっていた。
ときおり、曲に合わせて「ワーォ!」と奇声をあげる。
やはり、この曲は完全におぼえているようだ(笑)。
6曲目か、7曲目くらいで車は我が家に到着した。
あとは家でゆっくり聞こう。
パソコンに取り込んで、それから携帯MP3プレイヤーにも入れとこう。
しばらくは通勤中、このアルバムがヘビーローテーションになる事を想像しながら僕はカーステレオの取り出しボタンを押した。
「ウイーン、ガッチャン・・・ウイーン、ガッチャン・・・」
あれ?
もう1度ボタンを押す。
「ウイーン、ガッチャン・・・ウイーン、ガッチャン・・・」
音はすれど、CDは一向に出てこない。
何度やってもダメだ。
ここで、午前中のCDの出し入れのときの事が僕の頭にフラッシュバックした。
やっちまった・・・。
まだ、半分しか聞いていないCDは車に飲み込まれてしまった。
取り出すまでの間、せめて車内だけでも・・・僕はそう思いなおし、カーステのCDボタンを押した。
認識されない・・・。
おそらく、CDドライブと挿入口の中間点にディスクが滞在してらっしゃるのだろう。
僕は落ち込んだ。
妻があきれるほど落ち込んだ。
せっかくの休日なのに何もやる気が起きない。
昼まっから布団を敷いて寝てやった。
フテ寝ってやつだ。
34歳にもなってフテ寝もどうかと思うが、熟睡してやった。
夕方過ぎに起きて、夕飯を食べ、風呂に入った。
少しスッキリした。
妻と息子が布団に入った後、僕はストレスを発散させに行く事にした。
近所のよく行く峠を少し走ってこよう。
こういうときは好きな事をやるに限る。
僕は車と駐車場の鍵を持って家を出た。
車に乗ってすぐに気付いた。
今日に限ってはストレス発散に車を使っちゃダメだった。
乗った瞬間にCDのことを思い出した。
そして無駄に取り出しボタンを連射。
やはり、だめだ・・・。
僕の気分は、また一気にトーンダウンした。
そのまま車を駐車場から出す事もなく、家へ戻り、また布団に入った。
少し泣きたくなった。
ビニールハウスなら雨も気にしなくてすむしね。
受付を済ませて教えられた番号のビニールハウスへ向かった。
雨があがり日が差してきた。
いっきに気温が上がって、少し暑いくらいだった。
ビニールハウスの中へ入ると、ムワッと熱気が立ち込めている。
大き目のビニールハウスの中は、僕らの腰の高さくらいに何列も列を作ってイチゴが植えられていた。
ちょうど息子の目の高さにズラーっとイチゴがぶらさがっている。
息子はその光景に、しばし驚き、固まっていた。
イチゴが大好きな息子も、なっているものを見るのは初めて。
確かに大好きなイチゴなんだけど、どうしたらいいのか迷っている感じだった。
ひとつ摘んでヘタを取り、息子に持たせる。
ジーっと見ている。
けっこう疑り深いね(笑)。
もうひとつ摘んで息子の目の前で妻が頬張った。
ここで息子確信。
「これは間違いない、イチゴだ!」
と、思ったかどうかはわからないけど、手に持っていたイチゴを口に放り込み「ニー」っと笑った。
エンジンがかかったよ。
ビニールハウス中を歩き回り、赤くて大きいのを見つけては「な、な、な」と言って指差してせがむ。
ちなみに「な、な、な」とは、息子的にバナナと言っている。
教え方が悪かったのか息子は果物(というかデザート)を見ると全てバナナと認識する。
初めて食後のデザートにバナナをあげたとき、僕らは息子が聞き取りやすいように「バ、ナ、ナ、だよ」と何回も言って教えた。
息子は真似して「な、な、な」と発音した。
僕らは嬉しくて飛び上がって喜び、息子の頭をなでて褒めた。
僕ら「そうそう、バ、ナ、ナ」
息子「な、な、な」
めちゃ可愛かった。
その僕らの喜ぶ姿が息子の記憶に鮮明に残ったのだろう。
それ以降、食後に出てくる美味しいものは全てバナナになった。
りんごもバナナ。
ヨーグルトもバナナ。
みかんもバナナ。
かくして、イチゴもバナナに降格された。
息子は1歳にして15個のイチゴをたいらげた。
農園の人もビックリである。
3歳以下は無料なんだけど、僕らは次々とイチゴを頬張る息子を見てちょっとだけ申し訳なくなった。
イチゴ狩りに満足して車に戻ると3時過ぎ。
そろそろ帰らなくては。
これからまた長時間ドライブだ。
来るときは大丈夫だったけど、やはり息子が心配だった。
結果から言うと息子は大丈夫だった。
蛯名のパーキングでお土産を買って1回休憩した以外は、ぶっ通しだったんだけど。
それほどぐずる事もなく、後部座席で窓の外を見たり、妻と遊んだり、ちょっと寝ていたり。
首都高に入るころには真っ暗に陽は落ちていた。
来るときの早朝の首都高とはまったく違った世界が広がる。
ビルの照明とネオンの光の中、渋滞もなくスイスイと車は進む。
帰路はルートを変えて湾岸方面へ舵を取った。
途中、ライトアップされた東京タワーが道路のすぐ横に浮かび上がる。
周りにある鏡面ガラスを使った高層ビルにその姿が映りこんで、ファンタジーな世界を作り出していた。
本当にこの下では、たくさんの人達が働き、行きかい、生活してるんだろうか。
息子も顔をウィンドウに密着させて見入っていた。